2003年慶応医学賞受賞講演録

認知記憶の大脳メカニズム -イメージと想像力の起源 -
宮下 保司録

今回受賞の対象になりました「認知記憶の大脳メカニズム」の研究に関して、その背景と研究の現状、並びに将来の展望についてご紹介させていただきたいと存じます。
 私の研究は「記憶について」の研究です。記憶というのは頭のなかにしまっておくものと思われがちですが、しまっておくだけでは意味がありません。しまっておいた記憶をどのように引き出して使うかが肝心です。記憶を引き出す、つまり思い出すことは、実は記憶を造ること、覚えることと表裏一体です。しかし、脳のメカニズムという点では区別して考えることができますので、記憶をつくるメカニズムについては明日のシンポジウムでお話することにして、本日は主に「どうやって記憶を思い出すのか」ということについてお話させていただきたいと思います。

想像力の起源

問題の切り口は次のようになります。実際に眼の前にあるものを見るときと、眼の前にないものを想像する、イメージする――これを英語では「Seeing with mind’s eye」つまり「心の眼で見る」というのですが――この二つの場合で脳の働き方がどう似通っていて、どのように違うのか。つまり実際に「見る」ときと、「心の眼で見る」ときとでは、脳の働きのどんなところが同じで、どこがどう異なっているのか。

実はこうした問題に取り組んだのは、現在の脳科学者が最初ではありません。古くから、多くの哲学者たちもこの問題を考えてきました。例えば、フランスの哲学者アランもそうですし、ジャン・ポール・サルトルもその著書『想像力の問題』のなかで、「パンテオンのイメージをつくってごらん。その破風を支える柱の数を数えられるかい?」という問いを発して、イメージと実際の視覚の差を論じています。ご存じの通り、パンテオンはパリにあるギリシア風の神殿ですが、その柱の多さと、その配置が入り組んでいるのとで、実際に見て柱の数を数えることはできても、頭のなかにそのイメージを浮かべて数えるのは、たとえ生粋のパリっ子であってもそう容易なことではあるまい、という事情が、この有名な問答の背景にあるわけです。

さて、この問題に対する現在の結論をはじめに申し上げましょう。イメージをつくる力の根本は、大脳前頭葉から、より低次の大脳領野へと情報を送り返すトップダウン信号と呼ばれる情報の流れにあります。他方、実在するものを見る通常の視覚の場合は、眼の網膜から脳の高次視覚野へ向かうボトムアップ信号と呼ばれる情報の流れが主役になっています。そして、トップダウン信号もボトムアップ信号もどちらも、大脳連合野(とくに高次視覚野)にあるイメージ表象――これは記憶の産物です――を活性化するという働きに関しては同じだ、ということになります。

全体論と局在論

話が少し先走ってしまいました。ここで、こうした結論に至る学問的な背景を少し見てみることにします。過去何百年かにわたるこの分野の歴史を振り返ってみますと、想像力のような人間の高次な能力が脳の中でどのように実現されているかについて、全体論と局在論の二つの考え方があり、その両者のせめぎ合いが続いてきたと申してよろしいでしょう。

例えば、いろいろな意味でヨーロッパ近代の父と呼ばれるルネ・デカルトは、ものを見るという働きに関しても、はっきりとした局在論の立場をとっておりました。彼の著書には図1の描画があって、ものを見る働きは松果体で行われている、と書かれています。


図1:デカルトの視覚機能局在論

彼と同じような局在論の立場は、いろいろな形で繰り返し現れ、例えば十八世紀の末には、ジョゼフ・ガルが「骨相学的脳機能局在論」とでも呼ぶべき説を唱えております(図2)。骨相学というのは、例えばある人は頭が細長く後頭部が大きいとか、額が広いとか、そういった頭蓋骨の形態的知見と、記憶力がいいとか注意深いとか、そういう心的・知的性質にかかわる知見を結びつけて理解しようという試みですが、ガルの説をいま見ると、こんなに細かくどれだけの根拠に基づいて考えたのだろう、と呆れてしまうほど、頭の細かな領域が、いろんな精神機能に割り当てられています。例えば図2に「Consciousness」とか「Hope」とか書いてありますが、「意識」とか「希望」とか、そういう属性にまで局 在的な脳領域が割り当てられているわけです。


図2:ガルの骨相学的脳機能局在論

なぜこんな骨相学などといったものを持ち出してきたかというと、今日、神経科学/脳科学の立場に立つ多くの人達(私を含めて)が、この骨相学とは意味は違うものの、やはり徹底した局在論を主張しているからです。歴史的には局在論に反対する全体論の立場も繰り返し現れており、現在の私たちの局在論の妥当性・限界を検証していく必要があることを自覚すべきであって、そのためにガルの骨相学は反面教師として役に立つと考えております。

見るメカニズム

 では「見る」と「心の眼で見る」という問題に戻って、どのようにして局在論が主張されることになったのか、まず「見る」メカニズムの局在論的理解について概略をお話ししましょう。

外の世界にある物体を見るとき、まず眼の網膜に像が結ばれ、その結ばれた像の画像情報が網膜で電気信号に変換され、頭の後ろのほうにある大脳一次視覚野に送られます。次に、大脳一次視覚野で、送られてきた画像の様々な特徴が抽出され、その情報がさらに高次の視覚野へ送り出されます。この一次視覚野で行われている最も重要な特徴抽出処理は輪郭の抽出であると考えられています。

いまはコンピュータが非常に普及しましたので、例えばJPEGファイルで画像を圧縮するといった方法もよく知られています。もちろんJPEGのアルゴリズムは、一次視覚野のアルゴリズムとは非常に異なったものなので、簡単に比較することはできませんが、輪郭抽出というのがある種の特徴抽出、画像情報圧縮になっているということはおわかりいただけると思います。

では、高次視覚野では何が行われるのでしょうか? 現在のわれわれの知識を少し乱暴に要約すると、脳の「見る」という働きの本質は、網膜に映った画像をもとに必要な情報を抽出し、外の世界についての「解釈」を再構成することだというふうに言えるかもしれません。ちょっとわかりにくい説明だったかもしれませんが、例えば、網膜に映った画像そのものは二次元で奥行きがない世界なのですが、それが脳のなかで三次元的な奥行きのある世界に再構成される。三次元的に再構成するための画像的手がかりには、両眼視差、遠近法的単眼手がかりなどいろいろな種類があり、再構成アルゴリズムにもたくさんの種類がある。それらの総合結果として僕らがふだん見ている世界は三次元的に見えるようになる、という例を考えていただければよいかもしれません。

では、脳が外の世界をどのようにして再構成しているのかというと、いろんな属性ごとに特徴を分解して、その属性ごとの世界の内部表現(Internal representation)をつくっているというのが、われわれの現在の答えです。色とか形とか動きのようなものの属性ごとにモジュールがあって、内部表現が形成される。例えば、側頭葉と後頭葉の境界部には色についての内部表現の部位があり、その部位が脳梗塞などによって損傷されると、形や動きは見えるのだけれど色がわからないという症状、すなわち「Achromatopsia」と呼ばれる症状が起こってくるわけです。

こうした情報処理は頭の後ろにある一次視覚野から始まり、側頭葉の前のほうに向かって進むのですが、この側頭葉の先端部のほうに、もののイメージ表現の領野があります。

記憶の内部表現

 私がいまから十五年ほど前、一九八八年に始めた研究は、人間のイメージ記憶の根本は連想記憶であるということを、神経細胞(ニューロン)のレベルから証明しようというものでした(参考文献1、2)。連想というのは、一つのことを思い出すと、次から次に芋蔓式に関連するものごとが思い出されるという現象のことです。日常的になじみの深い経験だと思います。


図3:対連合記憶図形の例。コンピュータで生成したフラクタル図形を用いた例。

どのようにしてこの仮説を検証しメカニズムを解明するか? 本質を失わないかぎりにおいてなるべく単純な現象から出発することが自然科学の方法ですから、連想作用の一番単純な形態として、二つの互いに無関係な事象・事物に関係があると思い込んで記憶し、互いを想起する、という実験モデルを造ることにしました。具体的には、まずコンピュータで人工的につくった図形を被験者に見せ、この二枚の図形がペアになっていることを覚えてもらう(図3)。ご覧のように、ここに示した1と1’と書かれた二枚の図形は、幾何学的には似ておりません。しかし、この二枚の図形がペアになっているのだ、ということを覚えてもらうことはできるわけです。そしてそのうちの一枚、例えば図形1を見たときには、そのペアの相手方である図形1’を思い出す、つまり図形1’を連想してもらうのです。

それでは私の実験室で実際に、サルののぞみ君が図形のペアを覚えているところを撮影したビデオがありますので、それをご覧にいれます。(ビデオを見ながら)ご覧のように、これがのぞみ君が覚えなくてはいけない図形のペアで、ことにこのA1とA2と書いてある図形のペアを覚えなくてはいけない。

これはのぞみ君が見ているテレビの画面で、これが手がかり刺激で、その相手方のペアを覚えます。二つの選択図形のうちの片方は、先ほどのペアの図形になっています。だからのぞみ君が、こちらの図形に触れれば正解。正解したときのご褒美がこのフルーツジュースです。

はじめはのぞみ君も、どっちが正しいかわからないのです。でももう一回もう一回とやっていくうちに、今度はわかってきたかな、まあ大丈夫か、大体覚えました、というような感じで覚えていくわけです。

というわけで、この対連合課題をやっているサルの大脳側頭葉から、一つひとつの神経細胞、ニューロンの性質やその活動を、微小電極を使って記録していく。そして重要なのはそこにどんな性質を持ったニューロンが見つかるかということです。実際に私は「対連合記憶ニューロン」、英語で「Pair-coding neuron」と呼んでいるニューロンの発見に至りました。このニューロンはいったいどの二枚の図形がペアを組んでいるのか、という情報を持っていることからこのように呼んでいるわけです(参考文献3)。

この記憶ニューロンの発見を手がかりに、それまで行動レベルでしか扱うことのできなかった記憶システムの問題を、具体的に細胞レベルから問うことができるようになりました。その結果いろいろなことがわかってきたのですが、ここでは一つの例として、たくさんの記憶ニューロンが脳のなかにどのように分布しているのかという問いについて考えてみることにします。

これは古くからある全体論と局在論の現代版です。研究の結果は明らかで、例えばフラクタル図形間の連想関係を記憶している記憶ニューロンというのは、幅約一ミリ程度の狭い大脳皮質の部分に限局して存在することがわかったのです。一般化しますと、われわれ霊長類の大脳皮質はきわめて局在論的にできているということが、記憶のメカニズムの観点からも示されることになりました。

これで図形についての連想記録をコードしたニューロンが、どこにどのように存在しているかがわかりました。では記憶を「思い出す」というのは、どのようなメカニズムによって実現されているのでしょうか。

記憶想起のトップダウン仮説とその証明


図4:トップダウン信号仮説。大脳前頭葉からのトップダウン信号によって側頭葉のイメージ内部表現が活性化される。

図4は「記憶想起のトップダウン仮説」を漫画風に描いたものです。この仮説は、大脳側頭葉にある記憶ニューロン群を前頭葉からのトップダウン信号が活性化し、そのことによって記憶の想起やイメージの想起が起こる、というものです。心理学的にはそう考えないとイメージを操る力の説明ができないと思われていたのですが、そもそもトップダウン信号というものが存在するかどうかさえ、実証されていなかったのです。

私は、側頭葉の連想記憶ニューロンを具体的につかまえることができたので、この仮説をきちんとテストすることもできるはずだと考えました。しかし、普通はトップダウン信号とボトムアップ信号は混ざってしまっているため、特別な工夫を凝らさないかぎり、それぞれを別々に見ることができません。

そこで私は、癲癇の患者さんのために開発された分離脳(Split-brain)という手術法を取り入れ、部分分離脳という新しい標本を開発しました。詳細なロジックはちょっと時間がなくて説明できないのですが、この部分分離脳標本を使えば、前頭葉からのトップダウン信号と、目からのボトムアップ信号を分けることができます(参考文献4、5)。

ここに側頭葉ニューロンの一つから記録したトップダウン信号の例を示してあります(図5)。縦軸はそのニューロン活動を示しており、横軸には図形刺激を提示してからの時間が示してあります。このニューロンはトップダウン信号とボトムアップ信号の、その両方を受けていることがわかります。また、刺激を提示してから側頭葉ニューロンに信号が到達するまでの信号の潜時が、トップダウン信号のほうが約一○○ミリ秒長いということがわかると思います。


図5:側頭葉の単一細胞から記録されたトップダウン信号とボトムアップ信号の例

こういった性質はそのほかのニューロンを調べてみても同じで、例えばトップダウン信号の潜時のほうが統計的に有意に長いということがわかっています。これはトップダウン信号は前頭葉で余分に情報処理を必要とする分だけ、たくさんのニューロン、たくさんのシナプスを通ってくるので、それだけ余分な時間がかかって、側頭葉に到達するのが遅くなるからだと解釈されています。

さて、ここでこれまでにわかったことを中間的にまとめておきたいと思います。まず記憶の基本は連想記憶を蓄える記憶ニューロンであり、これは大脳側頭葉連合野にあって、視覚イメージの連想的な内部表現を与えている。この内部表現を活性化する方法は少なくとも二つあって、一つは眼の網膜からのボトムアップ信号で、これがものを実際に見る場合に対応する。一方、イメージを想像する場合には、前頭葉からのトップダウン信号が側頭葉の内部表現を活性化する。側頭葉の視覚記憶ニューロンにトップダウン信号とボトムアップ信号が収束する、という先ほどお話した結果は、これをニューロン・レベルで示しているわけです。

ですから、はじめにお話ししたジャン・ポール・サルトルの問いに対する答えは、たぶん「ものを実際に見る場合も、イメージする場合も、側頭葉のイメージ内部表現を使うという点では同じだけれども、その内部表現を活性化する仕方、活性化する信号の経路が異なっているのだ」ということになりましょう。

トップダウン信号の起源

さて、具体的なイメージの内部表現や、トップダウン信号の存在を証明することができたおかげで、われわれはサルトルを超えてさらに先に進むことができるようになりました。そこで、私たちが現在進めている研究を二つご紹介することにします。

まず一つは、そもそもトップダウン信号は前頭葉のどこから側頭葉に向けて出されているのかという問題です。ここで私たちが脳の働きに関する局在論者であることを思い出して下さい。前頭葉といっても広いので、この問いに答えるのはそんなに簡単なことではありません。そのためには脳の活動の全体像を一度に見る方法論が必要ですが、いまはまだサルではその方法が存在しません。人間に使われている磁気共鳴機能画像法(functional magnetic resonance imaging, fMRI)が最善の方法だと思われるのですが、そのためにはサルでのfMRIのやり方自体を開発しなければなりません。詳細は省きますが、私たちは方法の開発を兼ねて、いろいろな高次機能を調べる予備的な実験をまず始めました。例えば、注意の移動のメカニズムを調べる「カード分類課題」という課題を、まったく同一のやり方で、ヒトとサルにやってもらったときの脳の活動をfMRIで調べました。サルでもヒトでも、前頭葉内の特定の部分に強い信号が出ていることがわかりました(参考文献7)。実は、そのことによって逆に、脳のそれらの部分がサルとヒトの進化のうえでの機能的に相同な領域であることがわかったのです。

何を言いたいのかと申しますと、従来、解剖学的に大脳皮質の細胞構築をもとに、ヒトとサルで対応する領域はどこかという議論はあったのですけど、機能すなわち働きのうえでそれを実際に確かめる方法がなかったのです。今お話ししたようにサルを使ったfMRIというのが、知性の進化を調べる一般的な方法を与えてくれることがわかったものですから、将来この方向をもっと追求していきたいと思っております。

 さて、トップダウン信号の起源にかかわるもう一つの問題は、そもそもどんな精神機能を支えるためにトップダウン信号が使われているのだろうかという問題です。これまでトップダウン信号と呼んできたものの本質は、側頭葉と前頭葉の間の相互作用を媒介する信号でしたから、イメージを想起すること以外に、もっと多くの局面で使われていることが予想されます。  

 私たちが追求したいと考えている問題の一つに、メタ認知(Meta-cognition)という心の働きがあります。ここでそのメタ認知の例としてメタ記憶という現象とそのメカニズムについてお話しすることにいたします。

自己についての認識――メタコグニション

メタ記憶とは、ある記憶内容が自分の記憶貯蔵庫のなかにあるかどうかということに関する知識のことで、具体的な記憶の内容自体は思い出せないときでも、私たちはその記憶内容が自分の記憶貯蔵庫にあるかどうかを、かなり正確に判断することができます。あまりピンとこないかもしれないので、もう少し具体的な例をあげましょう。


図6:メタ記憶生成に関する大脳皮質部位の固定。FOKの増大と主にfMRI信号の増大する領域を濃い色で示している。

例えばA、B、Cという三つの質問をします。Aは、「U.S.A. の首都はどこですか?」 Bは、「Kenya の首都はどこですか?」 Cは、「Guyana の首都はどこですか?」であるとしましょう。まずAの質問に対しては、たぶん多くの人がその答えを知っていて、即座にその答えを言うことができると思います。しかしCの質問には、多くの人がおそらく「私はその答えを知りません」と、これまたすぐに答えるのではないかと思います。では、Bの質問はどうでしょうか。Bの質問に対しては、Aと同じようにすぐ答えの出てくる方も多いと思うのですが、場合によってはこのBの質問をしたとき、例えば「私はその質問の答えを知っていると思うのだけど、いますぐには思い出せない。ヒントをくれるか、少し時間をもらえれば思い出すと思うんだけどね」というような答えが返ってくるかもしれません。

このような「自分は答えを知っているはずだ」という感じを、「フィーリング・オブ・ノーイングFeeling-of-knowing, FOK」と呼びます。適当な訳語がないものですから「FOK」と呼ぶことにします。先ほどの例では、Bでは答えは思い出せなかったけれども、知っているという感じがあるのでFOKがあり、Cでは、答えが思い出せなかったうえ、記憶貯蔵庫の中にないという感じなのでFOKがない、ということになります。

では、この「FOK」というのは、どういう起源の、どういう性格を持った認識なのでしょうか。これはある種の直観的、全体的認識の一種であると考えてよろしいと思いますが、問題はこのFOKのメカニズムを、厳密な自然科学的方法によって調べることができるかどうかということです。

そこでまず私たちは、ヒトを被験者とする研究から始めてみました。例えば「エベレストの登頂に最初に成功したのは誰ですか」という、さっきの質問と同じような質問をしたとします。このとき重要なのは、被験者がその答えを知ってるか知らないか、そのギリギリの境界を攻めるような質問をすることです。で、思い出した場合はそれでよろしいのですが、肝心なのは思い出さなかった場合で、そういうときはそのあと、FOKの程度を被験者自身に自己評価してもらう。絶対に知らないという確信がある場合は1点で「FOK1」、絶対に知っているはずなので、ヒントをくれるか時間をもらえれば思い出すのだけど、いますぐにはちょっとわからないという場合は3点で「FOK3」、その中間というときは2点で「FOK2」というふうに、自己評価してもらうわけです。

この1点、2点、3点というFOKの程度によって、パラメトリックな回帰(regression)を計算します。そして、FOKが強くなるにしたがって、fMRIの信号も強くなっていくような脳の部位があれば、そこがFOKの発生に重要な役割を果たしている可能性がありますので、そういう部位が見つかるかどうか調べました。ここで濃い色で示したような前頭葉の部位が見つかりました(図6)(参考文献6)。予想通り前頭葉だったのですが、具体的に局在的な部位が同定されました。これらの各々の領域がFOKをつくるうえでどのような役割を担っているのかということについては、いまのところ全くわかっていません。

 しかし、脳機能の局在論者である私たちの立場から、これらの領域は互いにそれぞれ相互的な異なった役割を果たしているのだろうと考えて、更に解析を進める計画でおります。

将来の展望

最後に将来の展望をまとめて本日の話の締めくくりとしたいと思います。まず大きな目標としては、メタ記憶に代表されるようなメタ認識、つまり「自己自身についての認識」の起源を調べていきたいと思います。現在の脳科学の示唆するところによれば、自己についての認識は、自己以外のしかし自分と似た存在である「他者についての認識」と分かちがたく結びついていますので、そのことについても研究していきたいと考えています。

FOK課題のような課題は、まだいまのところサルではできないのですが、私はいずれサルでも不可能でなくなるだろうと信じています。サルとヒトの研究を並行して行っていくことによって、知性の進化が明らかになっていくかもしれないという可能性に関しては、先ほど述べた通りです。

もう一つ私は、サルを使ったfMRIの研究を媒介にして、「ヒトの高次認知機能の研究」を細胞レベル、分子レベルの研究と結びつけたいと思っております。生化学や分子生物学の研究は大部分、マウスやラットを使って行われてきました。しかし、研究の目標を十分に絞ることができれば、サルでそうしたミクロな研究をすることも可能です(参考文献8)。

医学は、最終的には全体としての人間、統合された個体としてのヒトに対する首尾一貫した理解そして治療を目指すものですから、そのためにはこのような分子から個体行動まで首尾一貫した理解、統合的な理解を求める研究が重要であるということを強調して、本日の私の話を終わりたいと思います。ご静聴ありがとうございました。



Reference