イメージを創る力(宮下保司 上原賞受賞講演より)

ヒトは、実在しないものであろうと遠く離れた所のものであろうとを問わず、あたかも目の前に在るかのごとく想像する力、つまり「イメージを創る能力」を備えています。古来、多くの哲学者がこの能力に興味を持ちました。ジャン・ポール・サルトルは「想像力の問題」という著書の中で、「パンテオンのイメージを創ってごらん。その柱の数を数えられるかい?」という問いを出して、イメージと実際の視覚との差を論じています (図1)。

ヒトは、実在しないものであろうと遠く離れた所のものであろうとを問わず、あたかも目の前に在るかのごとく想像する力、つまり「イメージを創る能力」を備えています。古来、多くの哲学者がこの能力に興味を持ちました。ジャン・ポール・サルトルは「想像力の問題」という著書の中で、「パンテオンのイメージを創ってごらん。その柱の数を数えられるかい?」という問いを出して、イメージと実際の視覚との差を論じています (図1)。 

図1:
イメージを創る能力は我々の脳のどのようなしくみによって実現されているのでしょうか? そのしくみは実在するものを見る通常の視覚と何が違うのでしょうか?サルトルは「想像力の問題」の中で、「パンテオンのイメージを創ってごらん。その柱の数を数えられるかい?」との問いを出しました(本文参照)。

ご存知の通り、パンテオンはパリにあるギリシャ風の神殿ですが、柱の数が多いのとその配置が入り組んでいるのとで、実際に見て柱の数を数えるのは容易でも、頭の中にイメージを浮かべて柱の数を数えるのは生っ粋のパリっ子であっても容易なことではあるまい、ということがこの有名な問答の背景のようです。さて、このイメージを創る力が我々の脳のどのようなしくみによって実現されているのか、そしてそのしくみは実在するものを見る通常の視覚と何が違うのか、最近の研究はこうした疑問に自然科学的な答えを与えつつあります。まさにサルトルの時代には想像もできなかった進歩といえましょう。

現在の結論から先に申し上げますと、図1に示すように、イメージを創る力の根本は脳の高次視覚領野からより低次の領野へと情報を送り返す「逆向性」の情報の流れ(backward signal)――トップダウンtop-down信号とも呼ばれます――にあります。
他方、実在するものを見る通常の視覚では、眼の網膜から脳の高次視覚野へ向かう「順向性」の情報の流れ(forward signal) ――ボトムアップbottom-up信号とも呼ばれます――が主役となっています。まずこの順向性の情報処理を少し詳しく見てみましょう。ヒトの網膜もテレビカメラも、その最初の過程は似ています:二次元面に敷き詰められた多数の光受容素子が、飛んでくる光量子を電気信号に変換し、外の世界の明るさについての二次元マップをつくります。しかし、ヒトの脳はこの情報を自在に使います。コーヒーカップは、どんな角度から見ても、どんなに遠くにあっても、大きくても小さくても、コーヒーカップだと判かります。単純な金属のカップも、装飾過多の陶磁器のカップも、やはりコーヒーカップに見えます。こうした情報処理を脳は易々とこなしますが、コンピューターにやらせてみれば如何に難しいか直ぐに判明します。秘密は、この情報処理過程を媒介する手段として脳が色々な「世界の脳内表現(または内部表現internal representation)」を形成することにあります。脳の高次視覚中枢には種々の対象物の脳内表現が作られているわけです。ちなみに、すぐ後に述べますように「脳内表現」は脳の多数の神経細胞と神経回路(遺伝情報と生後の学習の産物!)で造られるわけですから、外の世界の対象とはズレた知覚が生ずることも不思議ではありません――錯視と呼ばれる一群の知覚はその例です。

脳の高次視覚中枢にある対象物の脳内表現を具体的に調べることができます。霊長類の視覚情報処理に関係した領域は、対象の空間的特徴(位置や動きなど)を主に処理する経路(”where”経路とも呼ばれます)と、対象の形態的特徴(色や形、物としての同一性など)を主に処理する経路(”what”経路とも呼ばれます)とに分かれますが、イメージ自身の脳内表現が貯蔵されるのは主に後者の領域だと考えられます。解剖学的知見をもとに後者の経路の概略を図2に示しました。

図2:霊長類の視覚システムの模式図。イメージの内部表現の中枢である下部側頭葉連合野を中心に、新しい記憶表現を長期記憶の中に造る過程で重要な海馬を中心とする内側側頭葉システムと、記憶想起過程で重要な前頭葉を中心とするシステムが、ボトムアップ信号とトップダウン信号の相互作用によって協力し合っている。

この経路は大脳皮質では視覚一次野から始まりますが、イメージの脳内表現に主に関係するのは側頭葉の連合野とくに下部側頭葉連合野(図2では”Temporal association cortex”)です。下部側頭葉連合野を中心に、イメージの脳内表現を長期記憶として貯える過程で重要な役割を果たす内側側頭葉の海馬を中心とする領域へ至る経路と、イメージの脳内表現を活性化して長期記憶から想起する過程で重要な役割を果たす前頭葉連合野へ至る経路の二つが存在するというのが私の仮説の大枠です。コンピュータで人工的に造った対象物(例えば、図4aのような図形)を被験者に見せて、こうした図形に対しどのような脳内表現が造られるか、神経細胞1つ1つの活動を調べながら関係する神経回路を解きほぐしていくことができます。こうした実験は主に動物を被験者として進められていますが、12年ほど前に私は世界に先駆けて、大脳下部側頭葉連合野の多数の神経細胞に対象物の脳内表現が長期記憶として分散的に貯蔵されることを発見し(Miyashita, 1988; Miyashita & Sakai, 1991; Miyashita, 1993)、これが今日お話する研究の出発点になりました。イメージの脳内表現を長期記憶として貯える過程とそれを活性化して想起する過程は本来不即不離の関係にありますが、時間の都合がありますので、今日はこの仮説のうちの後者、つまりイメージ想起のメカニズムを調べる研究にしぼってお話しすることにします。

2.大脳連合野の記憶ニューロン

さて眼前にない物をイメージする過程を、どのようにして実験的に解析したらよいのでしょうか。1つの図形を手掛かりにして別の図形を連想するという作業を、「対連合記憶課題 pair-association memory task」という方法を開発してサルにやってもらうことができます(図3)。
ちなみに私達の現在の共同研究者であるニホンザルは体重約9kgの雄で、名前は五郎君といいます。彼は、いろいろなジュースの中でもグレープジュースが大好きなのですが、彼の日常住んでいるケージの中では、水とか食物(たとえば乾パン)はいくらでも貰えますが、グレープジュースだけは貰うことができません。そこで彼は毎日進んでテレビの前に座り、ちょうど子供がテレビゲームに熱中するように対連合記憶課題に取り組むのを日課にしております。

図3:オペラント条件付けに基づくサルの記憶課題の行動統制。

図4aにこのテストで用いる記憶対象の図形の例を示します。これら24枚の図形は、幾何学的に似ていない2枚ずつが任意に対にされています(G1とC1、G2とC2のように)が、一方は緑 Green、他方は青 Cyan というように異なった色の図形が組み合わされています。これらの対図形を対連合図形 paired associatesと呼びます。さて、ここで被験者は、対連合図形の一方がテレビ画面に提示されたときには、対連合図形のもう片方を思い出すよう訓練されます。具体的順序が図4bに示されていますが、この課題では二種類の試行がランダムに現われます。色スイッチ付き対連合記憶(Pair Association with Color Switch,PACS)試行と呼ばれる場合には、サルがレバーを引くと、眼球位置固定用の灰色の四角(fixation spot)に続いて、或る図形(手掛かり刺激cue stimulus、ここではG7が例となっている)が1枚だけ1秒間サルの前のテレビ画面に提示されます。すぐ図形は消え、遅延時間が始まり、テレビには、手掛かり刺激と同じ色(ここでは緑)の fixation spot 以外は何も映らなくなります。この遅延時間をdelay1と呼びます。PACS試行では2秒間のdelay1の後、fixation spot の色が(それまでの緑から)対連合図形の色(ここでは青)に変わります。この色の変化が、サルに手掛かり刺激の対連合図形(ここではC7)を想起することを要求します。この期間をdelay2と呼びます。さらにfixation spotの色の知覚的効果を統制するためにfixation spotが灰色に変わった後(この期間をdelay3と呼びます)、2枚の図形(片方は手掛かり刺激の対連合図形つまり図4bの例ではC7、他方は無関係の図形たとえばC2)がテレビの画面に提示されます。そしてサルの仕事は、手掛かり刺激の対連合図形が何であるかを答えることです。もちろん言葉で答えることはできないので、レバーを放して、テレビ画面上の対連合図形(つまり上の例では図形C7)を叩けば正解でジュースが貰えます。誤りのときにも罰は与えられず、ジュースが貰えないだけとなります。
a)
b)

図4:a),色スイッチ付き対連合記憶(Pair Association with Color Switch,PACS)課題で使われる対連合図形の例。  b),PACS課題における刺激提示順序の例。PACS試行では、図の上半分に示されているように、手掛かりとして与えられた図形(cue stimulus)からその対連合図形(paired associate)を思い出す。この想起過程の必要性およびそのタイミングが、fixation spotの色によって制御されている。コントロールとして使われている遅延見本合わせ(Delayed Matching-to-Sample,DMS)試行では、図の下半分に示されているように手掛かり図形自身を頭の中に思い浮かべ続ずけることだけが要求されている。

さてこの対連合記憶課題に含まれるもう一種類の試行は遅延見本合わせ(Delayed Matching-to-Sample,DMS)試行と呼ばれ、PACS試行のコントロールの役割を果たします。即ち、テレビ画面上に手掛かり図形(たとえばG7)が1枚だけ1秒間提示された後画面から消え、次のdelay1期間に手掛かり刺激と同じ色(ここでは緑)のfixation spot が出るところまでは、PACS試行と全く同じです。しかしDMS試行では、fixation spot の色が変わってdelay2に移行することはなく、4秒間delay1が続きます。PACS試行と同様に、色の知覚的効果を統制するためにfixation spotが灰色に変わった後(delay3)、2枚の図形がテレビの画面に提示されます。しかし、DMS試行では、正解は、手掛かり刺激そのもの(つまり図4bの例では、G7)であって対連合図形(C7)ではありません。つまり上の例では図形G7を叩けば正解でジュースが貰えます。DMS試行とPACS試行はランダムに現われます。

結局、DMS試行では手掛かり図形を頭の中に描き続けておけばよいのに対し、PACS試行では、fixation spotの色が変わったときに対連合図形を想起しなくてはならない、という点が異なっているわけです。このような対連合記憶課題をサルはそれほどの困難なく学習することができます。

この課題遂行中のサルの下部側頭葉連合野のニューロン活動を、微小電極によって調べることができます。ニューロンの活動を記録するには、ニューロンのすぐ近くに直径1~2μmほどの細い金属の電極を置きます。この電極は先端の20μmくらいを除いてガラスで絶縁してあるので、ニューロン1個が発生する活動電位電流を細胞の外側から記録することができます。こうして記録したニューロンの例が図5に示してあります。

図5:
PACS課題遂行中のサル下部側頭葉連合野のニューロン活動。a,G7を手掛かり図形として提示したPACS試行に対する反応が、ラスターおよびヒストグラムで示されています。b,Aと同様ですが,C7を手掛かり図形として提示したPACS試行に対する反応。c,同様ですがG7を手掛かり図形として提示したDMS試行に対する反応。d,同様ですがC7を手掛かり図形として提示したDMS試行に対する反応。横軸は時間。説明は本文参照。

このニューロンは、或る図形(この場合はG7)を手掛かり図形として提示したときに強く興奮します(図5a、c)が、その対連合図形(C7)が提示されたときには発火しません(図5b、d)。さらに、サルがその図形を頭に描き続けている時期(dalay1)にも同様の発火傾向が続いています。このパターンには、PACS試行・DMS試行の差がありません。ところがdelay2になった途端に反応のパターンが変化します。G7が刺激図形として提示されたPACS試行では、delay2になった途端に発火頻度が減少します(図5a)。ところが逆にC7が刺激図形として提示されたPACS試行では、delay2になった途端にニューロンの発火頻度が増加します(図5b)。その状態はdelay3においても同様です。DMS試行ではdelay1/2/3でニューロンの活動状態に変化がありません。

このような発火状態の動的な変化は何を意味しているのでしょうか。24枚の刺激図形全てについて、その図形を手掛かり図形としたPACS試行の各時期の発火頻度を、図5と同じニューロンの場合に棒グラフで示しました(図6a、手掛かり刺激提示期; 図6b、delay1期;図6c、delay3期)。

図6:
図5に示されたニューロンのPACS試行における刺激選択性。24枚の刺激図形全てについて、その図形を手掛かり図形としたPACS試行の各時期の発火頻度を縦軸にとって示してある。a、手掛かり刺激提示期;b、delay1期;c、delay3期における発火頻度。横軸は図形対の番号で、例えばG7を手掛かり図形とする試行の反応は緑の棒グラフで、C7を手掛かり図形とする試行の反応は青の棒グラフで示してある。

手掛かり刺激提示期に、24枚の図形のうちG7にしか反応していないことから、このニューロンは、図形G7の知覚的脳内表現を構成する下部側頭葉連合野神経回路に属しており、他の図形例えばC7の知覚的内部表現には属していないことが分かります。Delay1においてもG7を手掛かり図形とする試行にのみ活動が持続していることは、このニューロンは図形G7を頭の中に描くときにも活動するのではないかと考えさせます。Delay2/3の反応はこの推測にさらに強い証拠を与えます。実際、Delay2/3において、G7を手掛かり図形とする試行では発火活動が消失していますが、これはサルがこの時期には頭の中に図形C7を想起しており、もはやG7を思い描いてはいないだろうことと良く対応します。さらに、C7を手掛かり図形とする試行では、Delay2/3の時期に突然に発火が始まっていますが、この時期に頭の中に図形G7を想起することが要求されていることを考慮すると、サルが頭の中に図形G7を思い描くことと、このニューロンの活動に1対1の緊密な関係があることを示しています。結局、このニューロンは知覚対象となる図形が外部世界に存在しなくても、頭の中に図形G7のイメージを描くときに活動するニューロン、つまり図形G7のイメージの内部表現を構成しているニューロンであると結論されます。

同様な性質を持ったニューロンが下部側頭葉連合野には多数存在し、24枚の図形全てのイメージの内部表現がここに形成されていること、そしてサルが頭の中にこれらの図形のイメージを描くときにはいつもこれらのニューロンが突然活動を始めることが明らかになりました。

3.トップダウン信号による内部表現の活性化

以上のように、下部側頭葉連合野内のイメージ内部表現が活性化されることがイメージ生成の基礎となっていることが明らかになりました。ではこのイメージ内部表現の活性化を引き起こす大脳メカニズムはどのようなものでしょうか? 特に私達ヒトは、外部に刺激がなくてもイメージを自発的に生成することができますが、この時はいったいどのような神経回路によってイメージ内部表現の活性化が起こされるのでしょうか? 私はこれを実現する神経回路の少なくとも一部は、大脳前頭葉連合野から下部側頭葉連合野に到達するトップダウン信号によっているのではないかとの仮説をたてました。しかし、前頭葉から下部側頭葉へのトップダウン信号は、ふつうは逆方向に流れるボトムアップ信号と混じりあっており、トップダウン信号のみを取り出してみることは不可能と考えられていました。この問題を解決するために、私は教室の長谷川功君・富田兵衛君と共同でサル後部部分分離脳標本(posterior partial-split-brain preparation)という新しい標本を開発し、トップダウン信号のみを純粋に抽出してその存在を証明し、さらにイメージ内部表現の活性化の仮説を以下のように立証することが出来ました。

後部部分分離脳標本では、左右の大脳皮質を結ぶ交連繊維のうち、脳梁(corpus callosum)の後部部分(splenium)と、前交連(anterior commissure)を外科的に切断します。

 図7:
サルの正中矢状断MRI画像。後部部分分離脳標本(posterior partial-split-brain preparation)手術の前(左)と後(右)を示してある。左右の大脳皮質を結ぶ交連繊維のうち、脳梁(corpus callosum)の後部部分(splenium)と、前交連(anterior commissure)が外科的に切断されている。

図7に一頭のサルの正中矢状断MRI画像が示されており、術前と術後の大脳皮質交連繊維が白い高信号域として同定されます。この標本では、下部側頭葉などの後部大脳皮質は左右の連絡を絶たれていますが、左右の前頭葉だけは、脳梁前部を介して情報を交換することができます。まず私達は、この標本を用いた行動学的実験によって、1)イメージの内部表現は下部側頭葉に局在して貯蔵されている、2)前頭葉はボトムアップ信号がなくてもこの内部表現を活性化できる、ことを示すことが出来ました(今日は時間の都合上、詳しい説明は省略します、詳しくはHasegawa et al, 1998 参照)。さらにこの標本では、

図8:
後部部分分離脳標本を用いて、トップダウン信号をボトムアップ信号から分離する手続き。本文参照。

図8のようにして電気生理学的方法により前頭葉連合野から下部側頭葉連合野に到達するトップダウン信号をボトムアップ信号から分離して記録することができます。即ち、例えば、左の下部側頭葉連合野に微小電極を刺入して単一ニューロン活動を記録している時に、記録部位と対側つまり右の視野に手掛かり刺激を提示すると、この刺激は左の大脳視覚一次野を経て記録しているニューロンにボトムアップ信号をもたらします。ところが、記録部位と同側つまり左の視野に手掛かり刺激を提示すると、この刺激は右の大脳視覚一次野にまず到達しますが、後部脳梁(splenium)と前交連が切断されているので記録部位にそのままでは到達できず、前頭葉に到達しそこでの情報処理を経てはじめてトップダウン信号として、記録しているニューロンに到達します。


図9:
下部側頭葉連合野ニューロンから記録されたトップダウン信号(青)とボトムアップ信号(黒)の例。ボトムアップ信号は潜時73msecで強い興奮性反応をひきおこす。トップダウン信号の潜時は178msecと長い。本文参照。

図9は実際に記録された単一ニューロン活動の例です。潜時73msecで強い興奮性のボトムアップ信号が記録されましたが、この反応を引き起こした刺激と同じ図形を同側視野に提示すると今度は潜時178msecでやはり最強のトップダウン信号が記録されました。ボトムアップ信号を引き起こさないような無効刺激図形はやはりトップダウン信号にとっても無効刺激でした。こうした特徴は記録した全ての下部側頭葉連合野ニューロンに共通の性質でした。とくに、トップダウン信号の潜時が長いことは、前頭葉連合野内での情報処理に必要な多数のシナプス遅延を反映していると考えられます。

さらにこの実験では記憶課題として、対連合課題を若干修飾して「カテゴリー型連想課題」を採用しました(図10a)。

図10:
a,トップダウン信号が担う意味的コードを解析する為のカテゴリー型連合課題。20枚の手掛かり図形が4枚ずつ5組に分類され、各組にはそれぞれ1枚の選択図形が与えられる。各試行毎に提示される1枚の手掛かり図形に対し、それに引き続いて提示される選択図形のうちどれがその手掛かり図形の属しているカテゴリーに対応する選択図形なのか、サルは判断しなくてはならない。b,図9と同じ下部側頭葉連合野ニューロンのトップダウン信号が遅延期に示すカテゴリー選択性。c、カテゴリーに選択的なこの遅延発火は、各カテゴリーに属する選択図形に対する反応の強さと高い相関を示している。本文参照。

20枚の手掛かり図形を4枚ずつ5組に分類します。各組にはそれぞれ1枚の選択図形が与えられます。各試行毎に1枚の手掛かり図形が(同側または対側視野に)提示されますが、それに引き続いて提示される選択図形のうちどれがその手掛かり図形の属しているカテゴリーに対応する選択図形なのか、サルは判断しなくてはならないわけです。この連想記憶課題を遂行しているサルの下部側頭葉連合野ニューロンでは、トップダウン信号がカテゴリーごとの選択性を有することが示されました(図10b、c)。このニューロンの例では、カテゴリーIに属する全ての手掛かり刺激に引き続く遅延期で強い活動電位の発火が起こっているのに対し、カテゴリーVに属する全ての手掛かり刺激に引き続く遅延期では殆ど発火が起こりませんでした。さらに、カテゴリーに選択的なこの遅延発火は、各カテゴリーに属する選択図形に対する反応の強さと高い相関を示していました。このことは、トップダウン信号は、単に手掛かり刺激の物理的形態的特性をコードしているのではなく、刺激の意味的特性(例えばその図形がどのカテゴリーに属し、またその試行ではどの選択図形を選ばなくてはならないのか等)をコードしていることを示しています。

4.おわりに

イメージを創る能力の起源をもとめて大脳連合野神経回路のはたらきを調べてきました。イメージを表象する内部表現はおもに下部側頭葉連合野の神経回路に貯えられます。この内部表現の活性化がイメージ生成の起源であると考えられます。この内部表現は、外部からの刺激が網膜に映ることによっておこるボトムアップの信号によっても活性化されますが(知覚の場合)、大脳前頭葉からのトップダウン信号によっても活性化されることがわかりました。後者が我々が日常駆使している自由なイメージ想像の起源ではないでしょうか。この結論は、はじめにサルトルが投げかけた問いに対する(少なくとも部分的な)答えを与えています:下部側頭葉連合野のイメージ内部表現は、知覚にも想像にも共通であり、ただそれを使うやり方が知覚と想像では異なっているのだ、と。

しかし想像力の起源を辿る研究はまだ終わりまで到達したわけではありません。前頭葉連合野はどのようにして下部側頭葉連合野の内部表現を使い分けるのでしょうか。その使い方にはいろいろなやり方があるのでしょうか。また前頭葉ではどのようにして想像のプロセスがはじまるのでしょうか、等々。さらにもう一つ、人間の想像力の起源を問うときに忘れてはならないことがあります。想像力が意識に現われる基礎はここで述べたようなイメージ内部表現でしょうが、人間には言語的表象に基づいてイメージを駆動する力があることがわかっています。言語システムとここでお話したイメージシステムは決して独立ではなく、有機的な相互駆動関係をもっており、もしかしたらそうした異質な脳内システムの間を自由に行き来できることが人間の想像力/創造力の根源かもしれません。こうしたこと全ては、今後の研究課題として21世紀の研究者にゆだねられているのだと考えております。